津和野旅行記
車エビとSL(by 妹背太郎さん)
山口県秋穂町車エビ食べ放題を満喫し途中から雨になり島根県津和野(山陰の小京都)と呼ばれてるそうですが、雨の中ガイドさんの話も早々にSLの出発も近いとの事で蒸気機関車に42年振りに乗車しました、においと煙を懐かしくかぎ、昔を思い出しました。
【旅行時期】2008/11/08~2008/11/08
【エリア】
山口県
【テーマ】
グルメ
【投稿者】
妹背太郎
山陰の旅 ? 益田の人麻呂さんなど・・・(by 前日光さん)
津和野を後にして益田市内に向かった。
ここには、雪舟ゆかりの医光寺・萬福寺、そして万葉の家人柿本人麻呂を祀る高津柿本神社がある。
また絢爛豪華な石見の神楽も楽しむことができる。
今回神楽は時間の関係で鑑賞できなかったが、以前に島根県民会館で江の川高校の生徒が伝統芸能を披露するという機会があり、その時にすばらしい石見神楽を見ることができた。
屋根や壁に石州瓦を使用した「島根県芸術文化センターグラントワ」(石見神楽が演じられる所)を横目に、まず「医光寺」を訪れた。
山陰の旅 ? 鴎外・西周の生家〜鴎外の墓(by 前日光さん)
津和野編後半は、鴎外及び西周の生家を訪ねた後、太鼓谷稲成神社から津和野の町を見下ろし、その後、町の西部にある永明寺(ようめいじ)に向かった。
鴎外のお墓は、まさに彼に相応しい場所にあると思った。
生前の栄誉も地位も望まなかった文豪は、十歳でこの地を離れ、再び故郷の土を踏むことはなかった。
それなのに、「石見人、森林太郎として」死ぬことを願ったのである。
東京での暮らしが長く、西洋的なものを好んだ文豪は、生涯の最後近くになって、ふいに生まれ育ったこの故郷の地を思い出したのだろうか?
それともいつも、心のどこかに故郷は精神的な支えとして有り続けたのだろうか?
太鼓谷稲成神社から見下ろした津和野の町は、本当に絵になる山里だった。安野さんが描く優しい雰囲気が、実際にここに立ってみてよく分かった。
山陰の旅 ? 萩から津和野へ(by 前日光さん)
7月30日(水)、今日もやはり暑い。。。
本日は昨日行けなかった松陰神社を訪れ、明治維新胎動の地の空気を実感。
長州は、夭折の詩人を生み、維新の志士を生み出した。
現在の日本に、このような志の人物をぜひとも今こそ出現させてほしいものだ。そして夢や想像力の欠如した現代に、孤高の魂を持った詩人の再来を願ってやまない。
午後、いよいよ石見の国に至る。
清冽な津和野川の流れに沿って、その里山はあった。
あの文豪に「石見人森林太郎トシテ死セント欲ス」という遺言を言わしめたこの地、鴎外森林太郎の故郷に、遂にやって来た。
山陰の旅 ? 藍場川そして萩の宿(by 前日光さん)
橋本川に沿って、わずかな川風を感じながら東に向かい、藍場川に辿り着きました。
山陰線が大きくカーブする萩駅と東萩駅との中間で、阿武川が橋本川と松本川に分かれますが、藍場川は松本川の支流です。
江戸時代には、周辺住民の生活用水として利用されていたのが、近くに藍染めを行なう施設ができて、川が藍色に染まったために藍場川と呼ばれるようになったそうです。
この川には、大きな鯉がたくさん泳いでいて、早くも津和野に行った気分になりました。観光客にほとんど会わなかった分、こちらの方が落ち着いて見学でき、むしろ津和野の有名な川よりもゆったりした気分になれました。
それにしても暑さはいっそう増し、とうとう途中で○ニクロを発見し、Tシャツを購入。昼食に立ち寄った喫茶店のトイレで着替えたほど、びっしょりの汗をかきました。こんなに暑かったのは、初めてかもしれません。
計画では、午後四時頃までは市内散策の予定でしたが早々と断念し、本日の宿に三時頃には到着してしましました。
いやぁ、本当に暑かったです!そしてすっかり日焼けしてしまいました(>_<)
【旅行時期】2008/07/29~2008/08/02
【エリア】
萩・東萩
【テーマ】
【投稿者】
前日光
津和野画像
津和野温泉宿 わた屋
〒699-5605 島根県鹿足郡津和野町後田ロ82-3
↑外観
津和野唯一の天然温泉が楽しめる湯宿。6つのお風呂が自慢!
町の中心にあり、6つのお風呂と津和野唯一の天然温泉が楽しめる温泉宿。山菜やお豆腐を中心としたお料理は季節ごとの郷土料理と共に歴史の息吹を感じながら味わえる自慢の品々。館内はお香の香り漂う畳敷き